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煎言万語 vol.1

  • #煎スタッフ
  • #コラム

あれが好きとか、これは嫌だとか、「こだわり」のようなものは歳をとってくるとだんだんと固まってきちゃいます。例えば音楽だと、ある年齢までに聴かなかった(その良さがわからなかった)ジャンルの楽曲は、歳を取ってから聴き込むのはどうやら難しいらしいです。「最近の若い人が聴いてる曲の良さがわからない」とか、「お父さんやお母さんは、なんであの曲を楽しそうに繰り返し聴いてるんだろう」なんてことは、多くの人が体験してきたことなのかなと思います。紅白歌合戦が放送されている時のお茶の間(もう死語かもしれないですね…)は、多世代の家族が集まりそれぞれの世代の感性を共有する場なのかも。

音楽の好き嫌いで友人やカップル、家族と揉めることもあるぐらいですから、いろんな情報が飛び交う現代社会では、想像を絶するような小競り合いが毎日繰り広げられているのでしょう。毎日僕らの知らないところで「衝突」が起きていて、ある人は妥協したり、ある人は打ち負かされたり、ある人たちは衝突の先に全く違った道を見つけたり。それぞれその先に喜怒哀楽が待ち受けているのはわかっているのだと思いますが、もう本当に「わかっちゃいるけどやめられない」状態です。それが人間なのかもしれないですね。


「衝突」は一見面倒なことのように思えますが、それは「出会い」だったり「縁」という言葉に置き換えると、私たちの「生」を豊かにしてくれる物事です。「出会い」も、守るべき「こだわり」がなければ生まれない、というのは言い過ぎかもですが、人生を豊かにしてくれるような良い出会いというのには、多少の衝突のようなことは含まれているようにも思います。

つい先日、BGMクリエイターの宮内優里さんをお招きして、松江・出雲で音楽イベントをしました。プロのミュージシャンの方の演奏を生で聴くのはとても久しぶりで心地よかった。決まった楽曲を演奏するのではなく、その場でゆるく変化していく宮内さんの曲を聴きながら、とても優しい時間を過
ごすことができました。


初日の午後に、参加者みんなで作曲ワークショップを行いました。ざっくりしたプログラムのイメージは話し合ってたものの、当日の細かいところの取り決めはしてなかったので、どうなるか少しドキドキ。
始まってからとても感心したのは、宮内さんは「出会う」のが上手だなということ。音楽の素養がない僕らが集めてきた環境音や、鍵盤を叩く音に一喜一憂してくれる。「ああぁ、いまのところいいですね〜!」とか、本当に感動してくれているのが伝わるんですね。さっきまではドキドキして鍵盤を叩いていたのに、こっちもなんだかほっこりしてくる。

参加者からすると鍵盤を指一本で押しただけなのに、宮内さんはちゃんと拾ってくれるんですよ。「指一本で音を出したこと」で誰かが感動してくれたことは、ぼくは今まで生きてきた中で経験したことがなかった。そんな一瞬に意味を見出してくれる人がいるんだなぁと、とても優しい気持ちになれました。


宮内さんは、曲の良し悪しだったり、上手い下手だったり、売れる売れないだったり、そういったところからなるべく遠ざかったところで、曲を作ろうとされているようでした。そういったところに至るまでには、いろんな紆余曲折があったのだと思います。そういうある種の「指標」みたいなものを横に置いているからこそ、音楽家として優しい時間が作れるんだろうなぁと。「指標」を持たない「こだわり」、というのは、「指標が大事」という「こだわり」とどこかでぶつかっていると思います。おそらく宮内さんもずっとそっち側とぶつかっていたんだと思います。ぶつかるからこそ、それぞれの考え方もはっきりしてくるし、それぞれが本来持っている性質が研ぎ澄まされてくる。そのときに「包容力」みたいなのが発露している音楽ってとてもいいなぁと思いました。


「こだわり」や「癖」というのは、いくら手放そうとしたり、変えようとしたりしても、ついついくっついてきちゃいます。「らしさ」というのは探すものではなく、自分の身体を通して起きてしまっている目の前の出来事。なかなか変えられないんですよね。無責任な感じもしますが、「わかっちゃいるけど、やめられない」のが、やっぱり人間の良いところでもありダメなところ。

今日もKARLYに行ってきます〜。では。